結婚後、夫と1年に1回のペースで個人旅行をしています。航空券の手配と宿を自分でみつける、ツアーで行かない旅ですが
独身時代に航空券だけを買って一人旅をする楽しみにはまってしまったため、今後ツアーで旅行をすることはないと思います。

独身時代の一人旅

1 1989年7月2週間 ミシガン州の友人を訪問

高校の英語教師として2年間働いていた人と友人になり、帰国後ミシガン州のホランドに会いに行きました。 ホランドは、グランドラピッズ から車で1時間位の所にある中西部の静かな町です。ミシガン湖に近く、風車や木靴の工場があります。ダウンタウンは 横浜の元町を連想させるような通りでした。

友人の兄弟の子供と一緒に、総勢20人ほどのファミリーキャンピングに参加させてもらい、チヌークリバーで泳いだりカヌーを漕いだりしました。
1993年2月1週間
スペイン
スペイン史やスペイン文学の舞台を見てみたいと思い、現地発のプルマンツールという3泊4日位のツアーに参加しました。ガイドはスペイン語と英語 の2カ国語でした。参加者はアメリカ人旅行者とアルゼンチンなどのスペ語圏から来た人たちと、サウジアラビアの日本人学校の校長先生の夫婦 でした。マドリッドを出発し、セビージャ、グラナダに宿泊する観光ルートの定番で、コルドバ、ウベダ、ロンダなどに寄りました。
3 1993−94年
年末年始
ロサンゼルスーホランド
1992年に社会人入学をしてスペイン語を学びました。10月に就職が決まったため、冬休みに再び友人に会いに行きました。 ロサンゼルス在住の友人は、アメリカの大学院で公認会計士の資格を取り、アメリカ人と結婚しました。彼女のアパートに泊まり、車で色々な所に連れて 行ってもらいました。  

ロサンゼルスから真冬のミシガンに飛ぶと、気温もマイナス20度位に下がりました。レイクミシガンは、凍りついていました。クリスマスの イルミネーションを12月末でも見ることができてラッキーでした。
4 1994年3月
3週間
スペイン

スペイン語が必要な職場で働くことが決まっていたので、3週間スペインを一人 旅して来ました。行きの飛行機(アエロフロートと言えば、わかる人は納得する でしょうが)で、ロストバゲッジにあいました。10時過ぎにマドリッド空港に着いてから 荷物が出てこないときのショックは言いようがありません。空港でロストバゲッジ のクレームを申し立て、1泊だけ予約していたホテルにたどり着いたのは1時を 過ぎていました。

現金やカード、航空券以外の物は全てボストンバッグに入れていたので、着替えの 洋服もなく、気持ちが悪くて眠れませんでしたが、翌日マラガ行きの国内線のチケ ットを日本で買っていたので、荷物無しで旅を続けました。フエンヒローラという 海岸沿いの町に滞在中に荷物がみつかったと連絡があり、イベリア航空が宿に 荷物を送ってくれました。

荷物到着後は、快適な旅になりました。現地のラジオや新聞では、日本の自動車 メーカーが大量のスペイン人を解雇したため、日本人に対する嫌がらせがあった と報じていたため、某メーカーの工場があるリナーレス方面を通るルートはやめる ことにしました。別の日本の大手企業は「弊社は決してそのようなことは、しません」 という広告を出していました。

1995年8月
3泊4日 セブ
ホテルには日本人しか泊まってませんでした。ホテルのタクシーの運転手さんに日本円で4000円位で夜4時間位の町案内をしてもらったのは、楽しかったです。
1997年 お正月
メキシコ サンホセ・デルカボ 1週間
サンホセデルカボは、カリフォルニア半島先端にあるロスカボスというリゾート都市です。アシカのいる海やマーリンという魚釣りで有名です。ダイビングの雑誌で知ったのですが、行ってみたくなり、1年で1番旅行料金が高い時期ですが、お正月位しか連続休暇が取れないため、でかけました。でかけてみて正解でした。

スペイン語を話す日本人観光客があまり来ないせいか、ホテルの従業員達のサービスがとても良く、最後の夜は只でカクテルを飲んでいました。
1997−98年 年末年始
メキシコ カボ・サンルーカス 1週間

ロサンゼルスからアラスカ航空に乗り継いででかけたのですが、雪のためアメリカ北部からの便が大幅に遅れ、空港で6時間以上待たされました。予約を入れておいたホテルは、到着が夜8時過ぎていたため、取り消されてしまって、メキシコ人に現地の別のホテルに連れて行かれました。翌朝、現地の旅行代理店に出向き1泊余計にかかったお金を返金してもらい、年越しパーティー(お寿司など食べ放題)に呼んでもらいました
帰国後インターFMという視聴者参加の英語の番組で旅行の体験談を募集していたので、そのときの話をしました。

カボサンルーカスのナイトクラブは、子供から老人まで楽しめる所がありました。

1998年 3月
アメリカ 3週間

勤務先の経営悪化のため、会社を辞めることになってしまいました。その反動?で景気のいいアメリカを見てこようと思い、アメリカの4都市を周遊しました。ロサンゼルス−カンクン(追加料金を出して滞在)−ワシントンDC−ボストンの4都市です。

ロサンゼルスではまた友人宅に滞在(レドンドビーチからカボスベルデスの更にいいアパートに引越)、日中は公共のバスを使いユニバーサルスタジオなどにでかけました。ロサンゼルスからカンクンへの便は、深夜の2時発でした。カンクンは熱海と言った印象でした。

ワシントンDCでは、アメリカ人の友人が、親切心で黒人の女友達のアパートに滞在するよう話をつけており、彼女の家に2泊させてもらいました。

ボストンでは雪が降ったため、スーツケースを引きずったら雪で重くなりました。






壁紙を使わせていただいたページです。